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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)15398号 判決

原告 山崎登造

右訴訟代理人弁護士 原田敬三

右同 宮田学

被告 株式会社埼玉銀行

右代表者代表取締役 大木恒四郎

右訴訟代理人弁護士 渡辺綱雄

右同 小村義久

主文

一、被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに昭和五七年一月二〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 主文第一、二項同旨

2. 仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 被告は、銀行業務を目的とする株式会社であり、原告は、被告との間において、普通預金契約(鳥越支店取扱、口座番号七九五四九)を締結している。

2. 原告は、被告に対し、昭和五六年二月一七日当時、右口座に五三万一、七七八円の普通預金を有していた。

3. 原告は、被告に対し、昭和五七年一月一九日到達の本件訴状をもって、右普通預金のうち五〇万円の支払を催告した。

4. よって、原告は、被告に対し、普通預金契約に基づき、右預金五〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年一月二〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

全部認める。

三、抗弁

1. 被告成増支店預金係窓口担当行員(以下「本件担当行員」という。)は、昭和五六年二月一七日、原告の前記普通預金契約の通帳(以下「本件通帳」という。)の持参人に対し、五〇万円の払戻請求に応じ、支払をなした。

2. 右支払に際して、本件担当行員は、右持参人提出の預金払戻請求書(以下「本件請求書」という。)に押捺された印影と本件通帳印鑑欄の印影とを、業務上必要とされる相当の注意をもって照合したが、二つの印影が極めて酷似していたために同一であると認め右持参人に弁済受領権限あるものと信じて善意で弁済に応じたものであり、右行員ひいては被告には銀行取引上通常要請される注意義務に反する過失はない。

四、抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認めるが、同2の事実は否認する。

なお、本件請求書の印影と本件通帳のそれとが異なるものであることは、相当の注意をもって熟視すれば、一般人においても容易に看破できるものであり、かような印影の相違を看過して支払をなした被告には過失があると言うべきである。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因事実及び抗弁1の事実はすべて当事者間に争いがない。

二、そこで、弁済の抗弁の成否について判断する。

1. 証人立田雄一郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、現在銀行実務においては、預金の払戻に当り、払戻請求者の権限の確認の方法として、預金通帳と届出印を押捺した払戻請求書を提出させ、その印影と届出印鑑とを照合して同一であると認めたときは、直接の払戻請求者が何人であるかを確認することなく払戻に応じているのが一般であること、本件のように他店口座預金の場合は、通帳の副印鑑をもって、右照合にあてること、さらに照合の方法としては払戻請求書上の印影と通帳の副印鑑を並べて肉眼で行ういわゆる平面照合の方法によっていること、そして本件払戻手続を担当した被告成増支店行員の立田雄一郎も右の方法に従って払戻をなしたことが認められる。

2. ところで、成立に争いのない乙第一号証、前掲証人立田の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件通帳は昭和五六年二月一七日盗難に会ったが、届出印鑑は盗まれずに原告の手許にあること、被告成増支店に本件通帳を持参し、預金の払戻を受けたのは原告ではなく、またその依頼を受けた者でもないことが認められるから、本件請求書に押捺された印影は、原告の届出印鑑によるものではなく、これと類似の印鑑の押捺によるものであることが推認できる。

3. そこで、右各印影の異同について検討するに、被告提出にかかる本件請求書(乙第三号証)に押捺された印影(以下「印影」という。)と前掲証人立田の証言により本件通帳の副印鑑と同一であると認められる乙第二号証の印鑑届書上の印影(以下「印影」という。)とを対比してみると、次のような相違を認めることができる。

陰影

陰影

すなわちまず「山」の字については、第一に、第一画にあたる中央の縦線が二辺に分かれていることにより形成される三角形の面積が印影は印影より小さく、第二、右中央線以外の「]」の部分が印影では中央に閉じ気味であるのに対し印影では開き気味である。次に「崎」の字については、第一に、偏にあたる「山」の部分が印影では全体として右上がりになっているのに対し印影ではほぼ左右対称となっており、第二に、旁のうちの上部が印影では「大」に近いのに対し印影では「立」の形をなしており、第三に、下部の「丁」で構成される部分の面積が印影より印影の方が小さく、第四に、最下部のはねの長さが印影より印影の方が短くなっている。他にも細かい点ではなお相違点が存するが、少なくとも以上にあげた印影の相違は、照合事務に習熟している担当行員が社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって熟視すれば、容易に肉眼をもって発見しうるものと認められるのであり、押捺時のズレや朱肉の状態、異物の混入等により合理的に説明することが困難なものと言わざるを得ない。

前判示のような印影の平面照合のみによってなされる処理方法は、現在の銀行業務における大量取引を迅速に処理すべき要請に鑑みれば、それは必ずしも銀行側の利益のみを理由とするものではなく、利用者側の利便にも合致するものであって、一応の合理性が認められるとしても、銀行の業務の性質から考えるならば、他方で確実性の要請も軽視されてはならないのであって、本件の被告成増支店の担当行員には、右のような印影の相違を看過した点において、弁済受領権者の確認につき過失があると言うべきであり、ひいては被告に過失が存すると解すべきである。そして、右認定に反する前掲証人立田の証言部分は採用することができない。

4. してみれば、被告のなした支払が債権の準占有者に対する弁済として有効である旨の抗弁は、理由がなく、排斥を免れない。

三、よって、原告に対し、預金五〇万円及びこれに対する支払催告後の昭和五七年一月二〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金支払を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

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